2020-10-25

計去亡慟 No.22~No.24

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No. 22

「触らばふべからず触れなば去」

インツェツェンツァの唱和とともに、彼女の姿が霧のように消える。
しかも、どうやら彼女と手を繋いでいる私の姿も見えなくなっているらしい。

「隠し種です。でも、少しの間しか効きません。急ぎましょう。」

何もないところから彼女の声が聞こえたあと、すぐさまグイっと左手を引っ張られた。
そのまま半分ひきずられるような小走りで建物の裏手に向かった。

裏手には屋敷の厨房と倉庫に通じる搬入口があった。平時は食材とか備品がたくさんここを通るのだろう。
こんな時、こんな時間にもかかわらず倉庫内には3人ほどのフォーマの使用人が賭け事に興じていた。
しかし、先ほどのオハアムのおかげで、連中はそばを通り過ぎる私たちにまったく気付かなかったようだ。
酔っ払いどもの下卑た笑いと浮かれ声が、上手く私たちの衣擦れや足音を隠した。
そうしてまずは倉庫、次いで厨房内の小さく狭い階段を駆け上がり三階まで到着した。
そこで「触らばふべからず」が時間切れになったため、そこからはそれなりに覚悟したのだが、外務官の死という緊急事態に際し連合国の武官や護衛は駐屯地に一時召還されていたようで、何の障害もなく目的の部屋に到着することができた。少し拍子抜けである。

インツェツェンツァがあたりを一通り警戒しながら、扉に左手をかけて私の方を向く。
私は少し荒くなった息を整えながら軽くうなずき返す。
彼女は音を抑えるため慎重に扉を開けた。
小さく蝶番のきしむ音がして、なるほど確かに腐臭のようなものが漏れ出てきた。

「しますニオイが確かに変な。」
「注意しましょう。」

月明りのない夜、部屋は暗かった。
インツェツェンツァが後ろ手で扉を閉め、火起の樹符に火を灯した。
照らされた先に大きな事務机と小物が置かれた飾り棚が見えた。
机が面した壁には、サレーヴ諸部族同君連合国の国章の下に外交官の部族紋と思われる模様が編み込まれたタペストリーが飾られていた。優美な印象を受けた。
かたやすぐ近くの床には汚れた布を突っ込んだかごや薬瓶などが乱雑にまとめられたまま放置されており、看病とか死とか移送などの一連の事態が緊迫していたことを物語っていた。

「こっちが寝室です。」

インツェツェンツァに先導されながら、部屋の奥、半開きになった仕切り扉の方へ向かった。
仕切り扉の内側には光が届いておらず、どうなっているかは視認できない。
インツェツェンツァが仕切り扉の木枠に張り付きながら中の様子をうかがった。
彼女のすぐ後ろで聞き耳を立ててみると、ぢぢぢという奇妙な音が聞こえた。
さきほどのかぶとむしだろうが……いや、早合点は危険なり。
彼女が静かに室内へ左手を差し込んだ。樹符の火に照らされたベッドが見える。
そのベッドのすぐ横の絨毯の上だった。
“ソレ”があった。
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No. 23

火の照り返しが本来の桃色を濃い橙色に変えていた。
その橙色が甲殻の隙間からはみ出し、そこから小さいけれどもいつもお馴染みの“つる”が生えている。

ああ、そういうこと。

かぶとむしは動けないのか、不格好に片側の羽を動かしていた。
しかし、そもそもあれをまだかぶとむしと言ってよいのか、インツェツェンツァの元右手と言ったほうがよいのか、それともいつもの「苗床」の一種と言えばよいのか……

思わず横を見たが、インツェツェンツァは固まっていた。
しかし、流石は経験豊富な探険者、すぐに状況を把握し、火起の樹符を「苗床」の方に投げる。そして――

「愛しき蓋然性の小爪!」

知らないオハアムだった。
そして、明らかな殺傷用途であった。
指先ほどの大きさだった樹符の火が、一瞬で激しく燃え盛り、かぶとむしを完全に飲み込んだ。
組み合わせて効果を発揮するタイプらしいが……
クブカズでのオハアム研究は私たちが想定している以上に進んでいるかもしれない。厄介なことだ。

かぶとむし“たち”は炎に包まれても苦しんだり、もだえる様子もなかった。
ゆっくりと三者は少量の灰の塊と化していった。

インツェツェンツァは炎の前でしばらく黙ったまま警戒を解かなかった。
それらが完全に生き物としての機能を喪失したかどうかを入念に確認し、ようやく彼女は躰の力を抜いた。
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No. 24

昔から密談や陰謀というやつは庭園で行われるのが相場らしい。
生け垣を挟んで独り言のふりをしたりとか、単純に視界が開けている分、間諜が近くに接近しにくいとか、誰が出入りしたかの特定が難しいとか色々と理由はあるんだと思われる。
そういうわけで、市長は報告の場をいつもの部屋ではなくここを選んだようだ。
例の夜から明けて翌朝、私たちは交信の樹符越しに内密に市役所横のこの庭園に呼びつけられた。
冬に青い花をつけるミツバエニシダの生け垣が、姿勢を低くする私たちの姿を上手く隠していた。

「ボヤを起こしてもいいと言った覚えはないが、まあ、その報告内容でチャラだな。
 よくやった。」

市長は生け垣を挟んで私とインツェツェンツァに向けて大きめの「独り言」を言った。
早朝の庭木の手入れは多忙な彼女のささやかな趣味ということで、人払いは万全、会話の隙間に聞こえてくるのは、ぱちんぱちんという枝切りばさみの音と、ちゅんちゅちゅんという朝鳥の鳴き声だけだ。
ちなみにボヤ騒ぎとは、市の兵舎横の屋敷の一室から昨日の真夜中に出た不審火のことである。
原因はランプの破損事故とのことで、幸い室内の絨毯とか家具が焦げただけで済んだらしい。
さすが砂岩のタイルは火事に強い。よかったね。

いや、全然よくない。

一応、市長が屋敷の使用人に対して雇用維持と引き換えに緘口令を敷いたらしいので、すぐにはけだもの連合の人間にこの件が伝わりはしないだろうが、人の口に戸はなんとやらというやつである。
現にこの打ち合わせがいつもの部屋でないのは、私たちと市長の関りを必要以上に邪推させないよう警戒してのことだろう。
事実、私たちだけが知っている”アレ”は、結果的には他でもない暗殺の証拠であったわけだから。
陰謀は既に私たちの足元にある。

「ラグとドウ・ラが出払ってるのが痛いな。
 あの二人がいれば、もっと詳細なところが分かっていただろうが……
 準祭枝どの見立てでは、黒蓮のつるで間違いないってことだな?」
「そうです。」

市長の確認に返答した私のほうへインツェツェンツァが顔を向けた。
少し不安そうな様子だった。
彼女の右腕に巻かれていたストールの端が小刻みに風に揺れていた。

「ふん。外務官どのには誰かが毒――黒蓮の呪液――を盛ったってことで確定。
 で、盛られたのは具合が悪くなった一週間前くらい、ってとこか。
 順当に行くなら呪液の出所を潰すのがまずセオリーだと思うが、現実的に特定は難しいぞ。」

市長の方からゴリゴリという音が聞こえた。きっとあの首回しだろう。

……とにかく呪液については分かっていないことが多すぎる。
直接浴びると死んで苗床化してしまうというのは良いとして、どれくらいの量を服用したら外務官のように”病死”に至るか、とかいう臨床試験結果はない(はず)
それに、呪液を屍花兵から“採取”後、どれくらい“有効”なのかなんてのもだ。
呪液の存在を知っていて、効能も分かっている人間となるとある程度はあたりが付けられるかもしれないが、肝心の呪液をどの時期に採取していたかが絡むと、”有効期間”が正確に分からない以上、きわめて複雑な問題になってしまう。市長はそういうことまで見越していた。

「お前ら以外でも、少なくとも十数人が呪液の存在を知っている。
 そいつらを一人ずつ、一人残らず吊るし上げていくわけにもいかん。
 真犯人がこちらの動きに気付いて、雲隠れしないとも限らんし。
 そもそも“出所”って意味だと、残念ながら一番怪しい奴らってのが問題なんだよな……」

ラグとドウ・ラと私のことだ。
市長は黙ったままはさみを一定のリズムでちょっきんちょっきんとやりだした。
威圧感があった。
私たちとの関係を切るか切らないか思案しているとか?
建前だけなら、私たちを下手人としてウヴァリ氏に引き渡せば、市長の嫌疑は一時的にせよ晴らされる。
なんてまさかね。

「まあまあ、ところでググロ・ガ・ウヴァリ総督は呪液の存在を知っていると思いますか?」

暗雲にたまりかねたインツェツェンツァがとりなしを試みた。

「昨日の話では、介入の口実作りのために、自作自演を図った可能性もあるって話でしたよね。」
「正確な回答はしかねるな。情報源って意味合いと同じアニマノで言えば、パアズあたりがウヴァリと裏でつながってるっていう可能性も排除しきれん。
 ドウ・ラはちょっと考えにくいがな。」

市長は生け垣から飛び出していた枯れた枝を少し荒っぽく手折った。

「まあ、その辺はいくら考えても所詮、疑惑どまりだ。
 ともかく今回の件で重要なのは、遺跡に深く関わっている奴しかできない方法で外務官どのが一服盛られて死んだっていう事実の方だろう。
 そうなると、やっぱり遺跡絡みから順番に状況証拠を積み上げていくしかない。
 ひとまず、あいつらを呼び戻すところからだな。あいつらが戻ったらお前らの方も情報共有しておけ。
 あいつらが何か新しい事実に気付くかもしれない。」

市長の言葉に私は少しほっとしていた。
ラグとドウ・ラに接触する機会が、少なくとももう一度与えられたということだ。
遺跡の中身ではなく、遺跡周りの陰謀絡みという点は不満だが……

「ともあれ、お前たちお疲れだ。
 あいつらが戻ってくるまでしっかり休んでおいてくれ。」

それだけ聞こえると、続けてがさがさと庭の手入れ道具をまとめる音がした。
そしてまもなく市長の足音が生け垣の向こう側から離れていった。
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