2020-08-02

計去亡慟 No.19~No.21

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No. 19

遺体は粛々と本国へ運ばれた。
要人の客死であるから、市内に埋葬するわけにもいかなかったようだが、幸い乾季であったため、最低限の処置だけしてナンヤアドゥバンに移送する手はずになったらしい。
赴任からもう少しで一月というところである。着任早々の病死とは、かのお方本人もさぞかし無念だったろうにと思う。

それにしても、なんというタイミングで死んでくれたんだ!
彼の持病やらこの土地の風土病うんぬんは私たちのあずかり知るところではないにせよ、とにかく時期が悪い!
おかげでこのざまだ!

目の前の市長は、刺すような視線をこちらへ向けながら再度確認した。

「この件、お前らは関わってないんだな?」

私は顔中に汗を噴き出しながら、食い気味にうんうんとうなずくしかなかった。
当たり前だ。こんなピリピリしている情勢下での要人――連合国の外務官暗殺なんて杜撰な計画を事前に把握していたら全力で止めていたに決まってる。
それにそういう謀略があるなら、流石に私に誰かしらが情報を聞きに来るなり、連絡をしてくるなりしたはずだ。担当官からその手の話は一切なかった。確かに大祭幹殿ならやりかねないと思ったのは事実であったが……
とはいえ、あの方はどっちかっていうと表向きの大事を嫌う傾向がある。
だから、こんな真っ先に嫌疑が及びそうな先走りをするとは思えない。
そもそも、嫌がらせにせよ、邪魔者を除くにせよ、謀略で最も大事なのは「疑われないこと」というのが共通認識であって、それを見越していないわけがない。

私の必死の懇願めいた否定を流石に市長も気の毒に思ってくれたのか、彼女は追及の手をゆるめ、煙草に火をつけて一服した。

「まあ、こんな露骨なことをやってお前らは得しないだろうしな。
 あいつも“出資者“の関与は否定したが、あっちも同じくこんなことをやるとも思えん。」

市長はそこまで言って酸っぱにがそうな煙を吐き出した。
最近、加速度的に喫煙量が増えている気がする。
あいつとは多分インツェツェンツァのことで、出資者とは共和国のことだろう。
非常に妥当な共和国に対する分析に思えた。

「しかし、ただの病死で済ませられる状況でもないのは分かってんだろ?」

市長は事務机の引き出しを開けた。

「まあ、疑いを晴らさなきゃならんのは私も同じでね。
 “市がやった“なんて誤解されたら、この都市は来年には瓦礫くずだ。
 仕掛けた奴はそれを望んでるのかもしれんが。
 それに私は、“連中にとって想定済み“っていう可能性も考えている。」

つまり、連合国が外務官の死を介入の口実にしようとして仕掛けたということ?
だとしたら、ウヴァリ氏はとんだタヌキだし、外務官も大した忠誠心であることよ。

「だから、身の潔白を証明せんとな。」

市長は、小さなカギをテーブルの上に置いて私の方をじっと見た。
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No. 20

インツェツェンツァが手袋を外すと、桃色ゲル状の右手があらわれた。
彼女はそのままおもむろに左手の親指と中指で輪を作り右手首を圧迫した。右手がぼとりと落ちる。
そして、切り離された元・右手が地面のかぶとむしを飲み込んだ。
まもなく、右手だった液体は逆にかぶとむしの口をはじめとした方々の穴に飲み込まれだした。
かぶとむしは特に暴れるそぶりもなく、しばらくしてすべての液体を飲み込むと、少しのあいだ痙攣したあとおもむろに羽ばたきだし、インツェツェンツァの右腕の周りを何回か飛び回った。
そして、あらかじめ地面に置いておいたカギを力強く足でつかんで停止飛行を始めた。
夜半の暗黒を背に薄く桃色に光るかぶとむしはいくらか蠱惑的な光景だった。ぶぶぶ。

「侵入が難しい場所には、こうやって“子機“を使うんです。」

なるほど、ヴェパィムが分裂体を遠隔使役する「自分身」っていう能力は聞いたことはあったがこんなかんじなのね。虫や小動物の体内に自身の体組織を侵入させて操っているらしい。
乗っ取りじゃねぇか! きも!

マスクの向こうで私の血の気が引いていることに気付いているのかいないのか、こちらのことは気にも留めずにインツェツェンツァは建物の中に向けて子機を発進させた。
かぶとむしは換気のために開けられていた2階の窓に飛び込んでいった。

「よし。これで後は見つからずに寝室の中を探るだけですね。」

だけっておまえ……簡単に言うな。
私は眉をしかめながら周囲の生活音もろもろに気をまわした。
市の兵舎すぐ近くにある石造りの大きな屋敷。連合国の外務官が滞在していた場所は、建物右翼側の3階の一部屋。その真下の植え込みの陰に私たちは隠れている。

「とりあえず、近づいてこちらに音はきません。はやく。」
「もうちょっと……うん、扉の前に着きました。後はカギですね。」

子機と五感を共有しながらカギをカチャカチャやっているのだろうか、インツェツェンツァは小刻みに右の肩や腕を揺らした。まもなく動きが止まり、彼女がこちらを覗き込んだ。

「開きました。部屋の中に動きは?」
「ないです。」
「入ります。」

ドレファドの地獄耳を体よく使いやがって市長め!
この任務における役割は、インツェツェンツァが潜入、私が警戒含めた音探知。
要は別の奴が関わったという証拠を押さえてこい、ということである。
無茶を言う……

とはいえ、ほかに手がかりもないわけだから、まずは外務官の寝床を漁って、病死の原因――あるいは他の死因――を探るというのは順当だ。
今日は6月34日。年の暮れまであと半月のただでさえ忙しい時期での急死だから、清掃や遺品整理はまだだろうと踏んだ。これが功を奏すかどうか……
私はインツェツェンツァの反応をじっと待った。
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No. 21

「……良かった、部屋はそのままみたいです。散らかってますね。
 それとちょっと匂います。腐臭……に似てるかも?」
「死臭で?」
「いえ、ちょっと違いますね。何かあれば持ち出します。」

彼女がまず匂いに言及したのは悔しいが流石だった。匂いは確実に病にせよ死因の特定の手がかりになる。
そして、私がドレファドであることを加味してそう言ったに違いない。
性格の相性は悪いと思うが、こういう有能さは助かる。

「物色しますので、少々お待ちを。足音が近づいたら教えてくださいね。」

私は彼女の方を見て軽くうなずいた。
インツェツェンツァはそれだけ言うと、また子機の操作に戻ったようで小刻みに右腕を動かし始めた。
そうして何度か歩哨の巡回をやり過ごしたころ、インツェツェンツァがあるものに気付いた。

「! これは……血かも……
 マルファナティさん、ありました。ベッドの木枠に血の塊がついてます。」
「血? 何の意味がそれに?」
「医師には液体型ヴェパィムが多いのはご存じですよね?
 私たちは血や膿などの体組織を自分の身体に取り込めば、ある程度は状態――病気を分析できるんです。
 市長が私を名指ししたのにはそれもあると思います。」
「ほう。」

やはりあの市長は智嚢という奴なんだろうな。まったくご慧眼恐れ入るね。
私の反応に対し満足げにうなずくと、彼女はまた操作に戻った。
どうやらその血の“回収”を始めたらしい。私は経過を待った。
これで毒とか出てくれば、いろいろと捗りそうだ。
私は鼻から軽く息を吐き、縮こまった肩や背中を少しほぐそうとした。だが、事態は急変した。

「えっ、なにこれ? ……痛っ!」

インツェツェンツァの様子がおかしい。右手首を抱え込むようにして彼女は苦しみだした。

「だ、大丈夫です?」
「いえっ……! こんな、なんなの!? 飲まれる……ッ!?」

インツェツェンツァは体を縮めて肩で息をするように悶えた。
固唾を飲んで見守っていると、少ししていくらか楽になったのか、彼女は焦りを隠さずに言った。

「はぁ、はぁ……子機との接続が切れました……こんなことって……」
「原因が血、ですか?」
「……そうとしか考えられません。」

しばしの逡巡のあと、残った左手で口元を押さえながら彼女は続けた。

「確認しに行くしかないでしょう。」

しっかりした口調だった。
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