2020-07-05

計去亡慟 No.16~No.18

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No. 16

それからしばらくは平和な時間が続いた。
やはり市長の予測は概ね正しく、市内の中心議題は、市庁舎でも商店でも居酒屋でもウヴァリ氏の駐屯地に関する話題が大半を占めるようになり、“遺跡観光“に関する話題はとんと耳に入らなくなった。
この事態にはぐれの探険者の中には、連合国の介入を恐れて早々と店じまいし、市を離れる者も出始めていた。
同様に共和国がスポンサーになっているであろう探険者も、“どちらに付けば得か“、言ってしまえば寝返りを真剣に検討し始めたようで、状況の落ち着きを見るまでは深層への探険を控えているようだった。
そのため、私は四六時中、こいつに付きまとわれていた。

「もー暇ですよねぇ。」

うっせ!
それとことあるごとに気軽に私の頭の上に偽乳を置くな! 身長差的にドンピシャなんだよ!
というか偽乳かてぇ……
それまで群れていた探険メンバーの事情に色々と変化があり、お茶を引いていたインツェツェンツァは、なぜかやたらと私に接する時間を増やしていた。
今日も上への報告のために市の外交や商売の記録を漁りに市庁舎の図書室に足を運んだところ、またしても運悪くこいつとでくわしたのである。
その後はいつものように、必要もないのに横にべたべたと引っ付いているのであった。
それも粘菌由来の性質なのかこら。
しかも今日は彼女の柑橘系の香水がきつすぎて頭が痛くなりそうだった。
室内の書類仕事だけどマスクを着けてくれば良かった。よくドウ・ラは耐えていられるな。
ただまあ、彼女と一緒にいるのは全くの不利益でもなかったわけではあるが。

「私のとこなんかもー何人かは、お宝よりも命が大事とか言って探険を切り上げる人もいて。
 残るメンバーで探検を継続するのか、追加人員を入れるのか、それとも私たちもお終いにするのか中々まとまらないんですよねー。まあ、どこもそうなんでしょうけど。」

こんな具合にこいつは聞かれてもいないことをペラペラとしゃべりやがる。
だが、その中には遺跡の話や市の情勢のみならず、中々に耳寄りな情報も含まれていた。
探険者の減少は、客観的に見れば聖会にとっては都合が良い。
どこぞの馬の骨にオハアムが暴露されるかもという不確定要素が減るからだ。
そうなれば、より政治・外交上の問題として上は戦略策定する。
ならば、オハアム絡みでよそで起こったような支離滅裂な未来にはつながりにくかろう。
一応、彼女は私の聖務についてはまだ知らない。だが、もう面が割れている。
そして、市長のとこに頻繁に出入りするドレファドの紋唱士なんてものは……
客観的にどう考えても聖会関係者的サムシングである。
そういう意味で、こいつが付きまとってくるのは諜報活動の一環なのかもしれなかったが、自分とこの内情すら開けっぴろげにべらべらしゃべる諜報員なんていたものだろうか。
まあ、ヴェパィムといえば種族単位で承認欲求の塊として有名であるから、そのへんが悪さしているのかもしれないが。

私は彼女のウザ絡みをいなしつつ、今日の目的であった市と周辺都市との穀物の取引量の資料を探した。
カラコルテがどの都市への経済的依存度が高いかを客観化するためだ。
ここからいざ武力衝突となった時の市長の外交戦略をある程度予測できる。
とはいえ、その結果は私にとって都合の良い事実とは言い難かった。

「ナンヤアドゥバン……」

資料は、やはり市長とウヴァリ氏との結びつきの強さを示していた。
市の穀物供給の実に3割5分をナンヤアドゥバンが担っている。のみならず、ラトンナの寝台産のロヴァやヴィスカなどの木材の主要輸出先もここで、それらが加工されてできた日用品は逆輸入というかたちで市に帰ってくるという経済構造であった。
一方の商人連中とは、それこそ黒蓮茶の取引の金額が突出しているほかには、市民生活に不可欠な取引というのは正直見当たらなかった。
つまり、個人的な友情だけではなしに、いざというときにカラコルテはけだもの連合に吸収される可能性が高いということであった。
政治姿勢と“切実なおまんま事情“というのは乖離しているものである。口では領土を返せとなじりあいつつも、手元ではせっせこ契約書への押印が進むってやつだ。
私は息を吐きながら無用となった資料の束をまとめて書架に戻した。
作業のたびにかすかな埃や古紙特有のにが香ばしいにおいが舞い上がり、私の鼻孔や涙腺を刺激した。
軽く咳払いをする。
そんな様子を見たインツェツェンツァは私の方に近寄ってきて、相変わらず察しの良いことに私の気持ちを代弁した。

「なんか気持ちが沈んじゃいますね。私たちこれからどうすればいいんでしょう。」

そうなの。
事実というものは、たいてい人を暗い気持ちにするわけよ。

世の中の都合の悪さってやつを嚙みしめていると、不意に私の耳枝が速足の足音を捉えた。
大股気味で明らかな焦りが感じ取れる。足音は階段を駆け上り、どうも市長の執務室に向かったらしい。
図書室の閉塞感にもいい加減うんざりし始めた頃合いだったので、ちょうどいい理由とばかりに私は仕事に一区切りをつけ、気分転換がてら野次馬をしにいくことにした。
もちろん、その場にはインツェツェンツァも引っ付いてきたのだが、後になって考えてみると、この時にこいつと一緒にいたのは幸運であったように思われる。いや、あの事件に巻き込まれた時点で、根本的に運が悪いわけではあるが。

どこから来、どこへ往くやら、にごり水
気づけば足は、黒にまみれり
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No. 17

聖典において、「識る者ロベル」は、「草木は精神的に美しい」というような趣旨のお言葉を遺されていらっしゃるが、もうおめーアタマでぇじょうぶかぁ?級の明らかな間違いだと思う。
そんな草木から生まれたドレファドってやつらときたら、みんなきまって裏面が下卑ているんだもん。
書いてて私も悲しくなるけど。うんちっちーのちー!
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No. 18

市が慌ただしくなってまもなく、ドウ・ラと出会った。
その日、私は市長の伝手を使って、パアズに探険者の出入りの記録を見せてもらうためにラトンナの寝台入口の砦に向かっていた。
市長は記録の写しぐらい後で送ってやると言っていたものの、どうにもこうにもパイシア商会の社屋でじっとしていると気が滅入りそうだったので(アスペリの憎まれ口から離れていたいという理由もあるが)、とりあえず何かしらの仕事を作りたかったのが本音だ。
目の前の仕事にかまけていれば、余計なことを考えなくて済む。
だが、やはり世界の中心軸は自分ではないわけで、都合の悪い、いやここではバツの悪いことというのが、約束されていたかのように私の目の前に転がり込んできたのだった。藪蛇!

「……元気そうね。またここで会えて嬉しいわ。故郷(くに)に帰りそうだったもの。」

彼女は笑顔を作っていたが、尻尾はたれ下がっていた。
私の用事が一通り終わるまで彼女は静かに待ってくれていた。
帰りがけにちょっと話さない? と砦の入り口横のベンチへ促された。
その後しばらくとりとめのない話がぽつりぽつりと続いた。
最初は何とも言い難い、いますぐ顔を両手で覆ってベッドに飛び込みたいような気持ちだったものの、彼女の言葉の端々からにじみ出るさりげない気遣いが私の気まずさを少しずつ和らげていった。
聞けば、二人はしばらく休業するらしく、二人不在時の対応をパアズと煮詰めている段階だったらしい。ラグは同業者、エダツブ商会との打ち合わせ中だという。逆でなくて良かった。

「ええ、私も彼も少しここから離れるつもりよ。
 ナンヤアドゥバンなら手に入りにくい備品の新調もしやすいし。懐はいくらか豊かだから、たまにはね。」

それだけ言うと、ドウ・ラは砦の前を行き交う人達の方に鼻先を向けた。
私も彼女に合わせて人ごみの方に目を向けた。
しばらく人の行き来を見てみれば人生悲喜こもごもだということがわかる、なんてもっともらしく言われるものの、私にしてみたら彼らはみんなのんきな幸せ者にしか見えなかった。
色々あったとしても、どうせ私よりはマシなんだろ? 卑屈だった。

往来と風が起こした砂埃で私のマスクのゴーグルは薄暗いクリーム色になっていった。
私は手袋の甲の部分でゴーグルの曇りを乱暴にぬぐった。薄暗さはあまり変わらなかった。
ちらりとドウ・ラの方を見てみると、彼女はやたらと右手の親指を左手の指でなでていた。

無言の時間が続くにつれて、私は背中の腰からおしりのあたりにじんわりとした熱を感じていた。
これ以上ドウ・ラに気を遣わせるのは悪いなぁ。
私はそう正当化し、場を切り上げる挨拶をして、人ごみの中に逃げ込むようにその場を去った。
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