2020-06-07

計去亡慟 No.10~No.12

Pocket

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
No. 10

彼の拉馬のカパリスンは白地のもので、金糸で縁取りされた切り込みが多数入っていた。
おそらく拉馬の放熱、日光への対策としてわざわざこの色にし、この細工をしたのだろう。
カパリスンと言えば、実用性を度外視して派手に、目に痛くするものという印象があったが、彼のものはまさに質実剛健、実用主義。巷の一般戦士とはやはり格が違う。
彼のそんな実務的な性格は、正直好ましいとすら思われた。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
No. 11

私が緊張しながら長椅子の端で縮こまっていると、再びドアのノック音と秘書官の声が聞こえた。

「市長。」
「ああ、ご案内差し上げろ。」

装束と姿勢を正した市長が、直立して扉の方に体を向けている。
少しの間のあと扉が開き、カチャカチャという軽い金属同士がぶつかり合う音と共に、白い甲冑を身に着けた小柄な黒いアニマノが入ってきた。……クズリ系――ググロ族だ。
私の方を一瞥するも、すぐに視線を戻して市長をじっと見据えながら部屋の中央のあたりまで進み、丁寧に一礼をした後に言った。

「ラバエファ殿におかれましては、相変らずの御壮健、恐悦至極に存じ上げます。」
「遠路はるばるのご来訪、かたじけない。ググロ・ガ・ウヴァリ殿。
 貴方と私の仲です。ささ、どうぞお掛け下さい。」

外交儀礼。
それに、ググロ・ガ・ウヴァリ……まさか、来客ってのは、けだもの連合の?
市長の意地悪具合に、胃のあたりがキリキリと痛んだ。

「お心遣い痛み入ります。では、お言葉に甘えさせていただくとしまして……さて、この方は?」

当然である。なぜ私を同席させた、バドンナル・ラバエファ。

「ああ、こちらは教学聖省のマルファナティ・ロドデンドロ準祭枝殿です。
 ちょうど定例会談の途中だったものですから。」

私は市長の紹介とタイミングを合わせつつ、先方とは目を合わせないようにしながら頭を下げた。

「マルファナティです。」

しかし、頭を上げきるときに一瞬、彼と目が合ってしまった。
深くは読み取れなかったが、どう考えてもいい感情なんぞ持っていないことが予想された。

「ロドデンドロ殿……ふむ、これはとんだお邪魔をしてしまいましたかな。申し訳ありません。
 私は、サレーヴ諸部族同君連合国、君権継承順位九位、タラチャガン旗藩およびナンヤアドゥバン旗藩総督にしてググロ・ギ・ルシガンの子、ググロ・ガ・ウヴァリです。以後、お見知りおき下さい。」

名乗りの時点から威圧が始まるアニマノ武人式の自己紹介は本当に苦手だ。
しかも血縁無視・実力主義なけだもの連合での君権継承順位九位とはかなりの大物である。
それに違わず、彼の言葉遣い、立ち居振る舞いには共通礼法上の非の打ちどころは一切なかった。
まあ、好意的とは到底思えない印象ではあったが。もうこの時点で戦いは始まっている。

「失礼。彼女はこういう場にはあまり顔を出す方ではありませんで。お手柔らかに願いますよ。」
「左様でしたか。それでは私も堅苦しいのはよしましょう。私のことはウヴァリとお呼び下されば幸いです。
 長いですからね。はは。」

小柄な私よりもさらに背の低いこのちびすけから言葉とは裏腹の底知れぬ恐ろしさをびしびしと感じて、私は引きつり気味の愛想笑いを浮かべながら、どちらとも視線が合わないように二人の間にある戸棚の方に目をやり、何とかこの場をやり過ごすことにした。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
No. 12

「ほう、駐屯地を。名残惜しいですが、楽しい世間話の時間は終わりのようだ。
 差し支えなければ、理由をお聞かせ願いたいですね。」

市長は今までの柔らかな雰囲気から一転、刺すような視線をウヴァリ氏に向けた。
しかし、氏に動揺するような様子は全く見られない。
供された茶を少し口に含んでから目を閉じると、穏やかな口調で続けた。
両手でカップを支えるように持つ仕草からは、小動物的な可愛らしさすら感じる。

「いえね、昨今は商人どもが開拓と称して我らの地域にも侵入を繰り返しておりまして。
 卑劣な圧迫を受けて父祖伝来の土地を泣く泣く離れざるを得ない者たちを護らねばならないのです。」

ウヴァリ氏はカップをテーブルに置くと、左手人差し指の爪で右手の小手の甲をキッキッと叩いた。
そのためには武力を用いなければならないのだ、ということだろう。
金属使用を忌避する種族であるマインネイルの市長との対面にわざわざ金属の武具を身に付けて挑むあたりも明確な示威行為であるように思う。

「つまり、難民の保護ということですか。」
「すべてのアニマノは恐れ知らずの戦士ではありますが、幼子も大勢いますので。
 双子海と我らの土地の境にあり、風土も申し分ないこの市に、その寄る辺を設けたいのです。
 神々の恩寵があまねく行き届いていればそのようなことは考えずとも良いのですが、何分、シスをはじめ神々はえこひいきがお好きなようだ。どう思われますか? マルファナティ殿。」

そう言いながら、彼はちらりと私の方に視線をやって、少しあざ笑うような表情をした。
三十七条の警句以降、拡張志向を隠さなくなった聖会に対する揶揄であった。

「お答えできません。」

本日通算8度目。前回から4分32秒後。
ウヴァリ氏は、何かしらの価値ある返答を私から引き出すことはもう諦めたと見えて、あくまで私を会話の場から置いてきぼりにしないために、相槌がてら適度に私の方に振っているだけのようだった。存外、この人は優しい人なのだろうか。
私は感情をなくした怜悧な“準祭枝どの“の外面を維持しつつ、内心では彼に対して興味を持ち始めていた。

「……なるほど、言い訳は立っていらっしゃる。」
「ふふ、ラバエファ殿も手厳しい。」
「こう言っては何ですが、あなた方諸部族同君連合国の“役付き”のお歴々は、どうにもオハアムを過小評価していらっしゃるようです。遺跡についても、ね。無知を原動力にした蛮勇、勇躍には感心しませんな。」

市長の言葉は、直接的に連合国の貴族一般を侮辱するものだった。普通のアニマノの名族出身者であれば、氏族の“ほまれ“を理由に憤慨していてもおかしくない。
だが、ウヴァリ氏はにこやかな笑みのままだった。

「おっしゃりようはもっとも。一部の宮中雀は、まだまだオハアムに対して開明的とは言えません。
 爪と牙による古式作法を至上とする雰囲気が支配的ですね。」

“私はそうではない”ということか。
その聡明さには、正直、好感が持てたが、敵とするなら厄介な相手と言わざるを得ない。

「それに、先ほども申しましたように、あくまで難民たちの保護が目的です。
 ラバエファ殿はご心配なさっておられるようですが、オハアムは理由ではありません。」

そう来たか、たぬきめ。

「それなら……お断りするわけにはいきませんな。
 しかし、連合国の武人に堂々と市内を闊歩されては、キャラバンの者たちも怖い思いをしましょう。
 カラコルテにとっては彼らもまた大事な客人であることには違いありませんから。」
「それもまたごもっとも。
 でしたら市の内側ではなく、市とナンヤアドゥバンの間に土地をお借りするというのはいかがでしょうか。」

……そこからは二人の実務的な交渉であった。
駐屯地から市までの距離や水源などの立地、駐屯地の常駐兵数、必要な物資の量、買い付け業者や搬入スケジュールにおける取り決めなどなど。最終的に、市街まで拉馬の駆歩で半日、常駐兵数は150名以内、市内には外務官1名とその護衛10名が駐在し、市長に対して定期的な活動報告、市側からの定期的な視察の受け入れ、相互に武力を用いた紛争解決の禁止などが協定の一次案としてまとめられた。

「……重畳ですね。事務的なものは日を改めて。お互いに良い関係を築いていきましょう。
 願わくば、マルファナティ殿ともそうありたいものですな。」

ウヴァリ氏は最後に私の方へ軽く会釈をした。
こうして彼との初対面は終わった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^