2020-05-24

計去亡慟 No.7~No.9

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No. 7

「軽く見積もって2週間だなー。その間は今かぶってる予備を使ってくれ。
 こんなに早く予備の出番がくると思わなかったけどな。」

破れたマスクの穴に義手の指の一本を通し、それを軸にマスクをゆっくりくるくると回転させながらワーバーは難しそうな顔をした。

「これからは二つとも持って潜る方がいいかもな。重いだろうけど。
 まあ、少なくともこの子が直るまでは潜るのはやめときな。」

あの犬の件がなければ、私は仕事の進捗が滞るのを恐れて抗弁していただろう。
しかし、今となってはもうどうしようもない。私はワーバーに向けて軽くうなずいた。

「いいのです。ありません、あてもしばらくですから。」

私のことについては二人から既に聞いていたようで、私がそこまで気落ちしていないことに若干ワーバーは困惑していたようだった。
少しの間、刈り込んだ後頭部を後ろ手でザリザリとなでながら私を無言で見つめた後、しかし、彼はいつものようにニカッと笑って私の肩を生身の腕の方で軽く小突いた。

「……そっか、ならいいんだ。
 なあに、ラグとはじきに仲直りできるさ。俺もドウ・ラも取り持ってやるよ。
 それに、奴らだけが遺跡に潜ってるわけじゃない。
 いい機会だ。試しにほかの連中と行動してみるってのはさ。」

ワーバーの提案はありがたかった。
しかし、組織的なアレや守秘義務の点から簡単には受け入れにくいものでもあった。
そんな私の微妙な気持ちを知ってか知らずか、ワーバーは一人であーでもこーでもないとやっていた。

「そうだなぁ、同じ業者ならエダツブ兄弟が手っ取り早いが、いっそ、探険者ご一行に混ざるってのも違った視点ってやつでアリじゃないか。
 紹介できる奴らと言えば……んー誰がいいかなぁ」

実務的というより、励まし的な意味合いの強い独り言だったが、だからこそ大いに気休めになった。
一応、彼はあれこれ候補を考えてくれてはいるが、まあ、やはりまずは市長のルートでの最善の手を考えるのが一番だろう。ダメ元で色々言ってみるしかない。
それに、彼女の性格なら最悪の状況すれすれまで私を見捨てないはずだ。打算的かもしれないが、彼女のその美徳に賭けてみよう。落ち着いたらまた来いとも言っていたし。
私はワーバーの悶々あれやこれやを遮って、手短に礼を述べ、彼の工房を後にした。腹の中で感謝しながら。
足取りは、行きよりも確かに軽やかだった。
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No. 8

用語とそれが指す意味の変遷には必ず理由があるわけで
それはオハアムの研究に限らず、重要な考察対象となり得る
内容の変遷の緩急は別にして、個別の“きっかけ”を紐解いていくことは
物事の本質を理解する上で大きな助けになるだろう
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No. 9

私の顔を見たバドンナル市長は眼を横長に変形させた。
そして、開口一番、極めて重要なことを口走った。

「おう、来たか。多少は気もほぐれたみたいだな。ちょうどいい。
 早速だが、今日はお前さんの親方の政治的ほにゃららにかかわる話だ。掛けてくれ。」

市長の言葉を聞いて、緊張感と嬉しさがまじった気持ちで腰のあたりに熱を感じた。私は促されるままに、来客用の長椅子に腰かけた。
私が長椅子の左側に座って手荷物を脇によけたのを確認すると、市長は近寄ってきて、側のテーブルの上にヴィスカ片を置いた。そして、対面の長椅子に腰を掛け、足を組んで煙草を取り出しながら言った。

「こいつは何だと思う?
 準祭枝殿の立場なら知らんでも仕方ないが、こいつは軍人証だ。しかもクブカズのな。」

釣り合った天秤の両端に本と木槌。このクブカズ共和国の紋章を覆うようにいばらが巻き付いている。
初めて見るものだった。聞けば、これはクブカズ共和国の中央議会お抱えの軍、傭兵ではない正規軍の印章とのことだった。

「これは、この前の犬の件で、お前さんらが回収してきたジジイの遺留品から見つかったものだ。
 ジジイは屍花兵にこそならなかったみたいだが、ついでに回収してきたあの日記か何かは見たろう?」

正直、ラグの件のせいで内容はよく覚えていなかったが、あの黒蓮に関するクルスト・コパー老人の記述だろうか。否応なく、私の脳細胞は活発化を余儀なくされる。
私の思考の焦りを感じ取ったのか、市長はそこまでで話を止めて一服し、ため息と紫煙の混合物を吐き出した。

「参ったな。うん、これは参ったね。
 商人どももとうとう本格的にここに探りを入れてきたか。」

市長は遺品の印章を忌々しげに指先でキッキッとつついたあとに、煙草を押し付けて火を消した。さっき火を点けたばかりなのに。彼女もそれなりに焦っているか、それとも動揺しているのだろうか。
私がじっと顔を見ていると、視線に気付いた市長は首を少し振りながらまた煙草に火を点けて続きに入った。

「いずれにせよ、このご老体が野垂れ死んでくれて良かったな。
 これで解放協約連中の動きは、数ヵ月は遅れるだろう。ま、その隙にいろいろ手を考えようや。」

解放協約――オハアムの世界的な普及を目指し、管理・規制の撤廃と技術公開を要求する派閥である。
“適切な管理・封印“を標榜する聖会とは水と油。水面下での小競り合いが絶えない間柄だ。
クブカズ共和国は、表立って解放協約に参加しているわけではないが、実質的にその資金力と外交力で解放協約を裏から操っている、ってのはいわゆる公然の秘密というやつだ。
そのクブカズが、未発見のオハアムの関与が確実視される遺跡の調査に身分を偽らせた軍人を投入している――このことが何を意味するかは明白である。インツェツェンツァも立場のないことで。

いずれにせよ、これはカラコルテ市政だけに留まる問題ではない。私の親方や“けだもの連合”に事が知れれば、急速に三勢力間の緊張は高まるだろう。まあ、増員を期待できるという点では、私にも上に報告するメリットがあるけれども。
私が立場的な処置についてあれこれ考えだそうとしたとき、不意にノックの音がした。

「失礼します市長。予定より早いですが、ご到着なさいました。
 控室にお通ししましたので、ご用意ができましたら仰せつけ下さい。」

秘書官だ。何やら別の客の来訪についてのようである。
ああもう、今後のことや二人との話がまだだっていうのに……
私が渋い表情を浮かべたのに気付くと、市長はくくくと笑いをかみ殺しながら煙草をくわえたまま席を立ち、窓を少し開けた。そして、そのまま背中越しに私にこう告げた。

「よし、じゃあ、お前さんが気をもんでいるであろう今後の助力と引き換えに、早速役に立ってもらうぞ。
 これから大事なお客さんがいらっしゃる。私一人だと不安だから準祭枝どのに同席を頼みたい。
 なあに、お前さんは最初に名乗った後はだんまりでそこに座っててくれればいい。
 相手が話題を振ってきたら、「お答えできません」とだけ言ってりゃ大丈夫だ。
 なあ? 準・祭・枝・ど・の。」

準祭枝という単語をことさら強調しながら市長は振り向いた。
気のせいか、口元が少し緩んでいるような気がした。
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