2020-02-24

忠尤無悲 No.16~No.18

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No. 16

「願います本部!」

こうなっては仕方ない。
他の樹符、直接あの犬をぶっとばせるやつの使用許可を取るしかない。
特にアレだ。衝撃波で対象を吹き飛ばすやつ。
基本的に大祭幹クラスの要人にしか使用が許可されないやつ。
私は準祭枝でしかないが、ここの任務は大祭幹管轄級!

「どうかしたのか準祭枝。定例報告ではないな。」

交信の樹符の向こうから、冷たい声が届く。でも負けるわけにはいかない。

「許可を、用いられる薬指の樹符を許して緊急にほしいのです!」
「やはり君の口頭説明は要領を得んな。いつものように書類で報告したらどうかね。」

緊急なんだってば! 

「まあ、薬指の樹符と言ったか。残念だが使用は認められない。」
「なんとかそこを! このとおり!」
「規則は守りたまえよ準祭枝。書類申請の手順の教育は受けていたか?
 それとも忘れてしまったのかね? ふふ。」

誰かが言っていたが、どうしようもないクズは、よく秀才に擬態しているらしい。
出世したら絶対いじめてやるぞ肛門野郎め!

いつもの感じに鼻で笑いつつ、のらりくらりと遅滞作戦を仕掛けてくる相手への怒りと焦りで耳枝の付け根のあたりが熱くなりだしたとき、事態は急展開を見せた。

「……いえ、ロドデンドロ準祭枝が薬指の申請を……はい、失礼します……」
「……もしもーし! 聞こえてるかね準祭枝?」

少しの間のあと、突然樹符の向こう側の声が明るいしわがれ声に代わった。
これは……!

「だ、大祭幹殿! 聞こえて、おります!」

先ほどまでのむかつきは消し飛ばされ、私の額が一気に湿りだす。

「うんうん、楽にしてくれていいよ。で、薬指を使いたいんだってね?」

大祭幹殿が居合わせていらっしゃるという偶然を失態にするのか、それとも千載一遇の好機とするのかは私次第だった。全力かつ慎重に言語機能に仕事をさせた。

「……ふーん、そういう事情か。いいね。38号遺跡は面白いよ。面白いね。使い出がありそうだ。
 まあいいかな、許可しちゃうか。」

予想外の円滑さに驚きを隠せない。素晴らしきトップダウン。
すかざす謝辞を述べようとしたが……

「ただしね、んっんー、使用時に目撃者を出さないでほしいんだよね。分かるでしょ?」

……秘匿技術使用の前提条件としては十分予想の範疇であろう。
だが、私がいまだかつて経験したことのない荒事の予感に恐る恐る真意を確認する。

「出してはならないとは……?」
「言葉通りだよ。見られるな。それか、見られたら時は対処してね。」

“対処”という言葉を発した時、樹符の向こう側は少し含み笑いしたように聞こえた。
ニブイ自覚がある私でも十分察した。察したのだが……あえて再度確認をし直す。

「対処、というと?」
「そう、適切な対処だよ。適切にね。
 お爺さんには僕の方から言っておくから大丈夫だよ。じゃ、よろしくね!」

有無を言わさずそれだけ告げると交信の樹符は機能を停止した。
あたりに静寂が戻る一方、私の頭は先ほど以上のフル回転を余儀なくされた。
この場合、色々な意味合いが考えられる。だが、あの大祭幹殿のことだ。生易しいものではないだろう。
おそらくは責任の履行……あるいは忠誠心の要求……

つまり、場合によって、私は今日初めての殺人経験をすることになる。
しかも相手は……

「どうしよう……」

吐いた唾は吞めぬもの。
私は私が苦し紛れに口にしてしまったものの重さに、いまさら眩暈を覚えたのだった。
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No. 17

「行方が分からなくなってんのはこいつだ。」

パアズの言葉に合わせて、後ろに控えていた衛兵の一人がテーブルの料理をさっとどけて空間を作り、もう一人がテーブルに書類を広げた。よく訓練されている。

「……なんでまたこんなジジイが?」

ラグの横から書類をのぞき込んでみると、クルスト・コパーという名前の人物の入管証であるらしい。
フォーマの男性。歳は71、本職は行商。彼の署名の筆跡は流麗で美しく、とてもとてもさっきまで周りで騒いでいたクソ連中のお仲間の一人という感じではなかった。
そもそも、フォーマとしてはこんな場所で切った張ったをやれる年齢ではない。
ラグの疑問は至極当然で、ドウ・ラは冷めた目。自業自得とでも言わんばかりだ。

「さあ、そこまでは知らんよ。入管の記録さえ付ければうちのルールは“入る者拒まず“だ。
 樹符のおかげで、こういう年寄りも戦力にならないわけじゃない。」

パアズは遠回しに自分のたちの責任ではないと主張した。

「ともかく、一緒に連れ立って行ったお仲間がいたんだが、その三人だけが帰ってきた。
 一人は左脚に酷いケガをしてたな。血が乾いてズボンの半分がどす黒い茶色になってたぜ。」
「どうせ“茶”の直接仕入れでも狙ったんでしょう。で、しくじったと。」

ドウ・ラは老人の本職が行商という一点でそう推理したようで、あながち大きく外れてもいない印象だった。
市長の辣腕もあり、黒蓮茶の“原産地“や”製法“は巧妙に伏せられてはいるが、よほどのバカでもなければ遺跡の存在が重要な手掛かりであろうという点には簡単に行き着くだろう。
よって、オハアムや古文字に限らず、それ狙いの商人が現れるのも当然の帰結であった。
ただでさえ、クバナなど大都市での黒蓮茶の値段は噂が噂を呼び高騰しているらしいし。

ドウ・ラは、名誉と戦いを重んじるアニマノにしては珍しく、そういった金のニオイというか、薄汚い方の商売っ気に敏感だ。
相変わらず彼女の左手のジョッキの水には、今回もその辺でつんだと思われるつゆ草が入っており、根の泥で少し濁っていた。彼女にはそういったものを好き好んで飲む習慣があった。
後でそれとなく商売のこととか、水のこととかを聞いてみたところ、「名誉でおなかはふくれないもの」と皮肉っぽく笑いながら流された。
出身氏族に対するあてつけか。彼女が群れから離れてこんなところで死体片付けをしている事情を伺わせた。

人に歴史あり。
だから、この老商人にもなんらかの事情があったのだろう。
こんな辺境で腐葉土になってしまった事情というやつが。
いけない、まだ死んだと確定したわけではなかった。

「こんばんは! 皆さんお揃いで!」

突然割って入ってきた場違いな明るい声に、私は思わずビクッとした。

「よう、インツェツェンツァ。」

出たなコミュ力おばけ。
彼女が椅子の横に近寄ってくると、パアズは座ったまま彼女のでん部をわしづかみにした。

「相変わらず、良いケツしてんなァ。」
「ちょっとー、いきなり女の子にすることではないですよー」
「くぇくぇくぇ、ご先祖の血のせいで、何かつかんでないと落ち着かないんだよ。」

うそをつけこのエロ鳥め。だらしのない半目が普通に気持ち悪かった。
彼の近くに立つときは今後注意しよう。インツェツェンツァもインツェツェンツァで、ぷりんぷりんされるがままにせず、こういう手合いにはきちんとお灸を据えるべき。

しかしまあ、ヴェパィムは不思議な人間たちだなと思う。
自己顕示欲が暴走したクソ出しゃばりがいるかと思えば、好き好んで他人の義肢役を務める人もいる。
以前見た下あごをなくした人の下あごの代わりをやっている人にはびっくりしたものだ。さしずめ腹話術士。
それに気体型にせよ液体型にせよ、そもそも人格に合わせて外見が自由というのがすごい。
インツェツェンツァはスタイルのいいフォーマの女性型だが、別にオスゴリラみたいにもなれるわけで。
そうなると、今パアズがもみもみしているのも、ガチムチオスゴリラのおしりであっても問題ないわけで。
……想像してちょっとパアズが気の毒になったけれども。バナナガチムチヘビ。

「後にしてくれない?」

しびれを切らしたドウ・ラが二人、いや厳密には妄念の世界にいた私も含めて3人を現実に引き戻した。
冷たい呆れ気味の視線。
空気を読んだのか、名残惜しそうに手をワキワキするパアズから離れ、インツェツェンツァは私の隣に立つと書類をのぞき込んだ。

「ああ、確かにこの人ですね。一時期一緒に動いてたときがあります。
 だから、私に説明をってことですね。」
「尻を触りたいがために呼びつけたわけじゃなさそうだな。」

暇そうに喉元のひげ抜きをしていたラグがようやく会話に戻ってきた。

「で、インツェツェンツァ、この爺さんについて分かってること教えてくれるか?」

声のトーンが普段よりも低い。既にラグは仕事モードに切り替え済みのようだ。

「うーん、そうですねぇ。色々ありますが……」

今思えば、このときに聞いたことにはもっと注意を払うべきだった。
なにせ、屍花兵の仕組みについては、ラグとドウ・ラの知識と経験ですら発展途上なのだから。
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No. 18

みんな自分の死にはなにかしら大仰な意味があると思ってる。
でもそれは間違い。
バカみたいな死に方ってのは、現実として存在している。
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