2020-01-27

ゲームの最終目的の在り方

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文章化の効果とは中々に侮れないもので、こうして書きだし始めて1カ月、
急速に「完全なる商人の手引書」のシステム面での仕様が固まりつつあります。
後はターン制にするのか、リアルタイム制にするか、それともモードチェンジで両方できるようにするかのあたりの目途が立てば、後はひたすらつまらん地道な作業に突入です。うひひ!

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今回のテーマは、簡単に言い換えると、一定のクリアと呼べるラインがゲームには必要かどうかですが、
これはもう断然イエスで、なおかつ下記の3要素が満たされているものが好みです。

・何かしらの苦難に対してプレイヤーが能動的に対処した結果がゲーム内に反映されること
・その結果に対しては達成感や満足感などのポジティブな感情が伴うこと
・目標があり、明確な止め時がプレイヤーに分かること、あるいはプレイヤーが設定できること

つまるところ、プレイヤーに賽の河原をやらせない強い決意が大事と言えます。
今回は割と結論が明快かつ当たり前やんけの範疇ですので、前回同様いくつか例を出しつつ進めましょう。

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『プレイヤーが介在する価値』

これはもうプレイヤーが何やっても意味ないんなら、映画でも見てろとかすごろくでもやってればいいじゃんという話になるわけで、きわめて明快です。
個人的にはプレイヤーの腕依存度が高い方が好みなので、昨今のソシャゲの課金額と強さの正比例構造やカジュアル放置・自動化志向には懐疑的ですね。
ただまあ、面倒な作業の手間は可能な限り省くというのは潮流的に不可避な部分があるので、そのあたりは配慮しつつです。

なお、今後の経営シム系では、「歴史点」という要素を主軸にプレイヤーランクを算出する形を考えています。
これは、単純に金を稼いだとか敵を全員倒したというより、後世の歴史家が評価する際にその歴史家がワクワクしそうな行動を積み重ねるほど総合ポイントが高くなるという感じの要素で、
例えば、「特定の勢力の有力者を暗殺し、その結果その勢力の主要派閥を逆転させたことで、旧来の敵対勢力との同盟が成立。それに不満を持った旧主要勢力にひそかにテコ入れして反乱を起こさせ、旧主要勢力を返り咲かせ、敵対勢力との泥沼の戦争に突入させる」みたいなことをやるとポイントが高いという感じで。
最近のKOEIシムでは二虎競食や駆虎呑狼ができないからそういうのやりたいぜ。
もちろん、短期的には金にならない貧しい属州の孤児院を買い取って優秀な人材を多数輩出みたいなのもポイント高くしますよ。
この歴史点の総合スコアはぼかす感じにして、たとえプレイヤー勢力が全滅しても、意外に歴史点が高くて総合力で勝利みたいな結果になるようにもしてみようかとも思ってます。

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『ポジティブな結末』

基本的に遊びはクソみたいな現実と戦うためのエネルギー補給所であってほしいと考えています。
なので、原則グッドエンド派閥ではあります。
もちろん、シナリオや展開上妥当なバッドエンドは全然アリで、無常観からくるしみじみとした情緒を感じることは、それはそれでとても良いことだと思います。
ここで重要なのは、シナリオ上のバッドエンドと、プレイヤーにとってのゲーム上のバッドエンドは違うってことで、ゲームにおける最悪のバッドエンドとは、つまり、「賽の河原」にプレイヤーが気づいてしまった瞬間がそれだということです。

その点で個人的に印象に残ったのがProject Zomboidです。
このゲームはいわゆるゾンビパニック下での抗体なしサバイバルものです。
基本的にゲームについて全く合わないってのはあんまりないですが、これは合いませんでした。
最大の理由は、最終目的が「いかに死ぬか」で能動的な対処法がないからです。


(アクション・収集・クラフトなどそれぞれの要素は面白いんですが、
滅びの美学を通り越してしまった約束された破滅というのがどうも合わなかったです)

 

プレイヤーがゲームを遊ぶこと自体に人生上の虚しさを感じるのはともかく、
ゲームのシステム自体を賽の河原にしてはいけないという強い戒めになりました。
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『止め時が明示されているか』

そういったことからも、ゲーム内でプレイヤーに明示的に示されている目標というのは大事です。
例えば、仮にProject Zomboidが「死ぬため」というネタバレがいきなりされているのではなく、Dying LightのDLCのように、ワクチンを見つけるというポジティブな目標が明示されていて、実はそのワクチンによってむしろゾンビを超えた化け物になってしまうというバッドエンドのシナリオだったら、受け取り方が全然違っていたでしょう。
なぜなら、それはそれでシナリオを通して発生したプレイヤーの感情は決して無駄ではなく、そのバッドエンドを到達点として、キリのいいところでポジティブな感情からゲームを止め、次に行くという選択肢がプレイヤーに用意されているからです。
死ぬことが目的では、だったら今すぐ自殺すればいいわけだし、ゲーム内でのスキルを磨いたりアイテムを集めたりしてもロストする結末にしかつながらない。ゲームを遊ぶ行為やゲームを通して発生する感情全てを無駄だと言っているようなもので、だったら今すぐそのゲームを止めろということにしかなりません。
これではポジティブな感情からゲームを止めることができずに、後味の悪さだけが残ってしまいます。

この点の比較として思いあたるのは、FrostpunkとSurviving the Aftermathの差です。
両タイトルともポストアポカリプスの世界で資源・物資をやりくりしながら生存を目指すという点は共通ながら、プレイ感が全く異なりました。
それは、Surviving the Aftermath(以下StA)がまだアーリーアクセスというのもあるんですが、11月プレイ時点ではまだ目標がなかったという部分です。


(パラドゲーなので、Ver.1.0以降かつパッチ・DLC山盛りでの大幅改善に期待ですね)

StAにはクリア目標・それに至るラインがない一方、定期的に隕石や磁気嵐、放射線被害などの大規模な災害が理不尽に発生するのですが、この災害に対する能動的な対処法がなく、同時に必需品の多くが実質有限のため、最終的に全滅してしまうという終着点が早い段階で見えてしまう。
一方、Frostpunkは気温低下に対する事前対処を明示的に要求されており、NewHomeのシナリオの流れや最後の嵐に向けた盛り上がりが完璧に噛み合っていて、さらには嵐さえ乗り越えればエンディングとなりゲームが一旦終了するため、たとえ多くの犠牲が出たビターエンドであったとしても強い達成感を感じられるわけです。


(嵐の-120℃以降の緊迫感と、乗り越えた先の-40℃の喜び(温度感覚こわれる))

ほかに明確なクリア目標がないゲームでいえばKenshiですが、
帝国・ホーリーネーション壊滅、キャットロン撃破、ティンフィスト撃破など、プレイが進むごとに「いずれこいつらぶっ殺してやる」ってものが自然と出来ていきますね。
それが結果的に目標になり、プレイを切り上げる止め時になる作りになっています。

というわけで、やはり目標はないとダメだし、プレイヤーにポジティブな止め時を用意するのは大事。

――以下引用元紹介――




・Surviving the Aftermath 公式