2020-01-08

南部地域史学Ⅱ 第六講レジュメまえがき

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 第四講に関するレポートの提出ご苦労。諸君の数々の所見、興味深く読ませていただいた。
 ただ、一点釘を刺しておくと、この手の資料を「非合理的妄想」であるとか、「正史と乖離している」と見なし、「取り上げる価値なし」と断ずるのはよくない。数は多くないものの、こういった論旨のものが散見されたのは残念でならない。
 我々は、我々が頭の中で「歴史」というものを考える時、戦史なり文化史なり、あるいは類縁の他の教科の名で「学習」させられた既成の知識体系に従ってモノを見ざるを得ないものだ。因習化とは言い過ぎかもしれないが、問題定義や思考法、検証手段に至るまで、現行普及し、一般化している既成の型――いわゆる「正史」がある。それらは、確かに先人たちの叡智と努力の結晶であり、すばらしき遺産である。
 しかし、そういったものに疑いを抱かず、既成の型に当てはまらない「例外」や「不都合」、この場合は異聞や外伝を除外した史学に何の価値があろうか。
 諸君は大学に「歴史のおさらい」をしに来ているのか? 違うはずだ。
 そもそも、資料を査読するにあたり、当時の状況下におけるあらゆる可能性を念頭において、「ひとまず真実である」という前提で検証をしなければ、過去に社会通念を覆してきた歴史的発見はなかったであろう。そのうえで、検証の結果、真実でなければ真実でないとすればよい。しかしながら、検証もせずに断ずるは史学科に席を置く者として恥ずべき行為と認識すべきである。
 諸君はこれから歴史をリストラクチュアリングしていく者たちであって、歴史の把握を慣性による惰性に任せていてはいけないのである。
 以後、この手合いの短絡的な所見を述べたものは期末評価を下げるので留意されたし。

 さて、前置きが長くなったが、本講のテーマも第四講と同じくカラコルテに関する文献である。
 前回同様、記録者は「足らずのマルファナティ」と呼ばれる人物。前回配布した文献の直接的な続きにあたるものと思われる。
 今回は前回内容に比べて、直接的に史学において参考になる点が見つかっている。現在の定説よりも早い時代にライコ瓜(おそらく原種に近いものと思われる)を利用した食品が、この当時既に大陸南部に普及していたという証言のほか、当時の産品の価格表などもあり、今後、きちんと裏付けが取れれば、経済史の点で参考資料として引用される日も来よう。
 このように、一見して関連性がないと思われる資料が、別分野の研究を進展させることもある。無駄な歴史資料などないのだ。

 なお、何か疑問点があれば、いつものように講義後の個別質問の機会を利用のこと。

史学科教授 ラズアム・フロンゾ

「忠尤無悲」

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