2019-12-15

三身一体 No.7~No.9

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No. 7

「もう少ししたら顔を出すはずだ。まあ、最初は驚くと思うが。」

小さな岩山に彫刻した薄桃色の神像がごときマインネイルの女性は、物語の登場人物を想起させる麗しいその姿に似つかわしくない無骨な話し方をする人だった。尖った鎧通しの矢じりのような人差し指と中指でつまんだ煙草をくくいと動かす。機嫌は良さそうだ。
だが、このマインネイル、煙草の味が分かるのだろうか。

それにしても、先ほどから気になるのはこのゾウガメだ。市長の身体に似た薄桃色の甲羅とは珍しい。聞けば、市長のペットということである。
とっ、とっ、という規則的な足音が、私たちの会話のテンポを整える役割を果たしていた。

「おい、そろそろ湯。」

側にいた秘書官は、この簡潔な命令の意味を心得ていると見えて、一礼したのちすぐさま部屋を出ていった。
部屋にはカラコルテ市長のバドンナル・ラバエファと私と彼女のペットのゾウガメだけが残された。

「さて、人払いも済んだことだし、政治的に繊細な話をしよう。」
ゆっくりと、しかし、低くドスの利いた声で市長は口火を切った。

「ここカラコルテは、中継貿易と遺跡観光を売りにしててな。
 一応、政治的には中立の立場にいる。
 “お宅ら”とも、諸部族同君連合とも、商人連中ともだ。」

バドンナル市長はそこで話を止めて一服し、私の様子をうかがった。
赴任前に仕込まれた政治がらみの情報は的確であったらしい。今のところは事前情報のおさらいだ。
私がすましていると市長は少し満足気に続けた。

「だからこそ、だからこそなんだよ。
 あえて釘を刺しておくが、貴女の存在が大っぴらになることは好ましくない。なあ?」
中立を謳う都市の中枢が、聖会に特別な仕事をまわしている、という点だろう。

「なんでまあ、『足らずのマルファナティ・ロドデンドロ準祭枝殿』。
 貴女の本職は、今回一緒に行動する二人以外には原則秘密だ。ツラもなるべく隠してくれ。
 それに市内や人目に付くところでの樹符の使用も極力控えてもらいたい。
 こんな辺鄙なところで先端技術の樹符をジャラジャラさせてるドレファドなんて嫌でも目立つ。」

言われていることは理解できたし、当然の要求に思われた。
それにこれらはすべて私の聖務にとっても都合が良いことだ。

「よろしいです。良い都合、重畳です。」

私の返答に彼女はゆっくりまばたき(眼の位置にある発光体をゆっくり点滅させ)した。

「いいだろう。
 その辺り詳しくは貴女が下宿しているっていう材木屋、アスペリ・パイシアにでも聞くといい。
 じゃあ、ここからは実務面の話だな。大体は“上”から渡された書類で把握してると思うが、
 貴女が関わる部分は一番エグい部分だ。いろいろと訳アリでね。」

市長は再び一服して間を空けた。先ほどとは若干声のトーンが違う。低くザラついた感じである。
私は少し緊張感を覚え、背中にはうっすら汗をかいていた。ほのめかされる形で思考を促されるのは、自然と色々な厄介ごとを想像してしまうのであまり好きではないのに。

「詳しくは、“専門家“が到着してからだが、性質上、敏感なドレファドには向いているとは言い難いんでな。
 こちらを一式用意させてもらった。」

そうして彼女が取り出したのは、頭から首元全体――ご丁寧に耳枝まですっぽり覆い隠せる――にかぶるヴィスカと革などの複合素材製のマスク。その造作は鳥、少しウズラに似ていたが、延髄のあたりから口元に伸びたろ過用のごついパイプは異様であった。加えて、極端に露出度が低い白の上下一式。こちらは手触りからすると厚手の革製である。
まるで重装歩兵だ。これを私に身に着けろということだろうか。これからの仕事の難儀さを暗に伝えられているようで、私の気持ちに影が差した。
そんな私の懸念をよそに、バドンナル市長は部屋のすべての窓を開け始めた。ギャッギャッという金属っぽい足音の合間、彼女は背中越しに続けた。

「老婆心ってやつだが、あいつらが来る前にマスクだけでもかぶっとくのをお勧めする。鼻がやられるぞ。
 なんせ、これからの仕事には、腐敗臭と腐敗液がついてまわるからな。」
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No. 8

二層への入り口、休憩場にて。

どうやら、この辺りには定期的に人が来るらしい。
ほかの場所では無造作に壁を形成している木や根っこが、ここでは適度に伐採されているほか、ある程度地ならしも行われていて、ちょっとした広場みたいになっている。しかも、ご丁寧に丸太イスまである始末。
観光ね、なるほど。

私がささやかな感動を覚えていると、一通りの荷物を下ろしたラグが私に清水で満たされた木製のジョッキを差し出しながら言った。

「準祭枝どの、あんた紋唱士だって話だったな? ここからはそれなりに危険もある。
 差し支えなけりゃ、あんたが使える樹符を教えてほしいんだが。」
「とくに、荒事に向いてそうなやつね。」

ラグに続けて、ドウ・ラは彼女自身のジョッキに水を注ぎ、なぜか近くのつゆ草をむしってつまみ入れながら、値踏みするような目でこちらを見た。気は進まないが、はぐらかして彼らに警戒されるのは得策ではないか。

「分ぁってる。理由はあんたを戦力に勘定してもいいのかって話だ。」

ラグは軽く息を吹いて目をつむりながら、手首を軽く振った。警戒せんでいいというジェスチャーだろう。抵抗感が雰囲気に出てしまっていたらしい。

「あー、まあなんだ。
 一から百まで護衛しなきゃなんないのか、補助ぐらいはお願いできるのか。
 実際に危険が迫ったときのために、あらかじめ決めておきたいのさ。」

……一応、今の私たちの仕事は、未帰還者3名の捜索――あるいは遺体の回収のはずである。
だが、市長官邸での彼らの説明や衛兵との会話――確かに何か引っかかりがあった。
もしかすると、凶暴な神聖生物との遭遇戦などの危険があるのかもしれない。
それならば、ラグの懸念も尤もな話ではある。ごねる理由はなかった。

「留めるべき場に流るるものを。私が滞らせるのです。
 それが許される顕現としての力、準備なくできるとすればそれです。マスクが邪魔で。」

「んー? つまり液体を固めるってことかね、ちょっとやって見せてくれないか?」

やはり、口述は嫌いだ。

眉間に軽くしわを寄せながら、私はジョッキの水を地面の岩になっている部分に少しこぼした。
そして、単語ごとの音階を頭の中で確認しながら、

「あおあおしき芋納屋のいくさば」

私の唱和に合わせて、マスクの下の樹符が震え、ヨヨオンという不思議な音を立てながらみるみるうちに水は固まった。
先ほどまで薄い平面状だった水は、今ではよくある戯画化された水のモチーフのような形を保っている。

「……すごいわね。ヴェパィムの身体みたい。どれくらい保つのかしら?」

右足のつま先の爪でゲル状になった水をつつきながら、ドウ・ラがいつもより速めに尻尾を振っている。大体半日、尖ったもので強く刺せばすぐ元に戻ると答えると、彼女は、なら水でお手玉できるわねと楽し気に笑った。

「やるじゃん。いろいろ使い出がありそうだ。多分だが、それなりに聖会にここの情報は上がってるな。
 だからあんたをここに送り込んだ上司は、あんた以上にここで必要とされるモノを理解してると思われる。」

ラグはあご先を上げながら目を細めると、背嚢の中の小さなバスケットから豆粉のせんべいを数枚取り出した。
そして、それぞれの表面に軽く蜂蜜を塗ると、そのうちの一枚を私に手渡した。
どうやらお眼鏡にかなったらしい。少し口ぶりが気になりはしたが。
私は内心ほっとしながら、マスクを軽くほどいて口元を自由にした。

「これから先、あんたに “それ“をお願いすることになるだろうから、合図を決めておこう。」
「それと、呼ぶたびに”あんた”や”準祭枝どの”じゃしまらないわね。発声は少ない方がいいわ。」
「じゃあ、マルファナティさんだから『おマル』で。」

は?

ぱりっ、ぱりっという咀嚼音の応酬の合間、抗議の隙もなく、そうやって私の蔑称兼二人称が決まってしまったのだった。反論したい時に役立たずの言語野への恨みがまた増した。
私は手袋に着いた蜂蜜を近くの木にこすりつけながら思った。

後でドブの水でも固めて投げつけてやろうかこやつら。
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No. 9

近年、カラコルテの特産品として有名なのは、「黒蓮茶」である。
世界に冠たるあこぎな賤民たちの王都ことクブカズ共和国の首都クバナでも高く評価され始めているそうだ。
だがこの茶、味を評価されているわけではない。なんと延命効果があると言われている。
ドブの汚泥のような真っ黒な見た目、それに独特の甘い香りと渋さの交雑具合は、意図的にえづきたいとか戻したいとかしたい時くらいにしか勧められない感じだが、飲んだ翌日には体の芯から力が湧いてくるともっぱらの評判らしい。
とりわけ、かの長寿で有名な妖怪ババア、エピフィルミ大祭幹がようやくくたばるかという際、この茶を服用してしぶとく持ち直したというエピソードは、“効能“の点で大きな箔付けになっている。一部の医者や聖職者は、誇大広告と切って捨てているが……
いずれにせよ、嗜好品として中々の値がつくため、カラコルテの財政に貢献するところは大とのことである。

少なくとも、原産地と生産・収穫法を知ってしまった今となっては、上述の効能が本当だったとしても、個人的に飲みたいものではないが。

聞くは気の毒、見ぬが花。
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