2019-12-13

南部地域史学Ⅱ 第四講レジュメまえがき

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 本資料は、イアロト文明圏の外縁、南部大森林地帯にほど近い遺跡から発掘されたものである。教学聖省所蔵の記録によると、そこにはかつて「カラコルテ」と呼ばれる小都市があったとされる。
 あったとされるとわざわざ付けたのは、当時大勢力を誇ったサレーヴ諸部族同君連合国、クブカズ共和国、そして聖会とのヘゲモニー争いに巻き込まれる形でこの都市は滅んだらしく、正確な所在の立証がまだなされていないからだ。現在は広大な塩性湿地に形成された森林内に点在するシルト岩地帯にそれと思しき遺構が多少見られる程度である。
 おお、偉大で腹立たしい歴史家の怨敵、サレーヴ諸部族同君連合国! 文字持たぬ誇り高き野蛮人の共同体(コモンウェルス)!
 この実証史学に多大なる損害を与えしめた覇権国家に侵攻を受けたのが事実だとすれば、当地の記録――とりわけ書物や行政書類などが散逸しているのは珍しくもないことだ。そういった状況下で、このような資料が発見されたこと、それ自体は大変喜ばしいことではある。
 だが、この資料は資料内で言及されているように、正式な公的文章の清書前、個人の手記的なものであり、記録者の個人的・主観的認識に過度に依存した記述が多く、客観性という面で多くの欠陥を抱えている。特に記述内容の地形・環境描写に現状との矛盾が多く、環境変化上の非現実性の観点から創作の可能性も否定できない。感性に訴えかけるような表現それ自体は素敵なものだが、事実の調査という目的の前では話が違ってくるのは当然のことだ。
 また、発見状態が良くなく、多くの逸脱・欠落があるため、時系列的なつながりの判断が難しい。つまり、“歴史的資料“としての価値は高くはないのだ。……今のところは。
 幸いにして、この資料の復元と解読作業を進めている現在、ぽつぽつと新しい関連資料が発見されているので、この問題は時間が解決してくれるかもしれない。
 いずれにせよ、現時点では広く公開されるほどの価値はないものであるが、当時の生活や情勢、とりわけこの資料に多く現れる“超常的な描写”からは、「オハアム黎明期」とあだ名される当時の支配的観念がどのようなものであったかを理解する手助けにはなろう。そんなライブ感あふれる本資料が、諸君ら益体もない史学科学生が履修課程の一服の清涼剤になればこれ幸い。

 なお、本資料は発見の順番で解読・編纂されている。そのため、記録内容の時間軸が頻繁に前後するので注意されたし(このような一次資料から内容の時系列を推理するのも史学の醍醐味であろう)
 また、当時の語句をそのまま引用しても解釈不可能な部分があったため、適宜現代語でそれらしい用語を割り当てて補完しているので、言語学的時代考証の点はご了承いただきたい。

 何か疑問点があれば、講義後の個別質問の場を利用のこと。

史学科 ラズアム・フロンゾ

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