イアロト変遷史② 価値観の源泉 聖会

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◆第二回 聖会
種族の設定に続き、次は社会構造です。
第一回でも書きましたが、種族間対立はきのたけでお腹一杯になりました😑
というか、個人的には話の描き方としてはもう陳腐化している気がします。またこれかよ的な。
あとね、同じ出身地や民族だからってきっと結束できるだろうってのはタチの悪い幻想だね👽
そのため、露骨な種族を基盤とした対立構造は、分かりやすいですがやりたくない。
というわけで、種族の一般的な思考傾向をまたいで連帯させるくびきを作る必要があるわけです。
そういったときに、法概念や共同体への愛着だけでは弱いので、やっぱ宗教だろうと🙏🙏🙏

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『聖会』

世界的に信徒を抱える巨大統一宗教。
創世六神とその神話を起源に持ち、教義は最小でかつ極めて受容的な性格。
長い年月の中で高度に組織化され、各地の文化や諸侯・諸国への強い影響力を持つ。

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さて、宗教組織を利用するなら、どういう教義かがとても大事になります。
ここで今回の着想点の一つ、和辻の砂漠型宗教論のご紹介です。
これをイアロト形成に都合よく強引に再解釈します。
(詳しくは「風土」70P~90Pぐらいをご参照下さい)

いわく、
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・砂漠環境下で形成された宗教の目的=厳しい自然下の乏しい資源の効率的な獲得と維持のための結束
→個人は共同体(部族)に殉じることで分け前をもらえる→共同体サイコー!→共同体崇拝が形成される
→共同体の擬人化→擬神化(唯一神化)

・ここでなぜ唯一神になるのかというと、
部族の擬神化=敵部族も神の一柱なわけですが、資源で競合している以上、排除するか屈服させるのがマストなため。
勝者は一人のみ👍
また、自然の擬神化たる多神教や精霊崇拝にならなかったのは、砂漠では自然が根本的に人間の敵だから。
屈服させなきゃ(使命感)
(唯一神は自然を創造した(自然よりも上位)という点もこの理屈を支えている)

そのため、
・教義がルール山盛りに厳格化する→資源のちょろまかし防止や共同体の存続を担保する上で当然の帰結!
・他宗教に対するある種の選民思想→共同体への奉仕から来る自己肯定感と共同体へ害をなす敵への怒り
・教義やそれら宗教思想を元に形成された平等、融和、慈悲といった博愛精神
→あくまで、全体への奉仕を前提にした共同体内の身内(投降者を含む)が対象

これにより、他共同体の構成員や、自分たちに不利益を働く奴らはその限りではないという理屈で、
しばしば、神による番人愛を説く宗教が排他的行動に走る矛盾を解消しています。
だって神は共同体そのものなんだから、共同体のルール守んねー奴なんて神が愛するわけないやん👿
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この和辻の洞察は、科学的な証明性に乏しいものの、個人的に「とてもそれっぽく」感じます。
そこで、今回はこれを逆手にとることにしました。
というわけで、以下です🤔

〇多神教+極端な受容主義
上記内容を受けて、聖会の性格は多神教+受容主義を基本にしています。
複数の神々のそれぞれが各種族に対応しているため、創造神それぞれにとって創造対象以外の種族の扱いが異なります。
このため、一神教由来の「神の御前においての平等」という認識が育ちません。贔屓されてるからね。
また、各種族はそもそも生態の差によって能力が大きく異なり、どの種族も他種族に対する優劣を持っていますので、
常に社会の中で自分が相対化され、「貴重で偉大な唯一無二の自己」といった発想にはなりにくいのです。
結果、「他者とは違う、差異は当たり前」という認識が普遍化し、
種族間ギャップに対しては「違う奴らだから仕方ない」というある種の諦観と受容が生まれた、という論理です。

もちろん、闘争が完全になくなったわけではありませんが、
その原因は、現実で多い「自分の嫌いなもの」と「非難されるべき邪悪」を意図的に混同する手法とは違います。
上は最終目的が得てして「自分の意見を通すことでの状況の改善」よりも「対象の破滅」にすり替わりやすいため、
結果的に神聖な大義名分で装飾された「殺戮を伴った生存闘争」に着地しがちですが、
教義上、相手を社会悪だと一方的に糾弾するための論理的根拠に乏しく支持が集まりにくいので、
「自分の意見を通すための闘争」で辛うじて踏みとどまれる、という感じです。スーパードライ🍻

そんなゆるゆるで結束できんのかよ?
大丈夫。聖会は経済と教育を握ってるからね(後述)😭

『聖会の中心教義』

基本的には十六行詩と呼ばれる神々から与えられた聖句を元に、それらの注釈と聖職者の言行録で成り立っています。
掲げる教義の基本は「協和、篤実、勤勉」。種族間融和、相互尊重、個人主義の傾向が強いです。
十六行詩は「死ね、死ね、死ね。活き生きて幸福に死ね。」という物騒な序句を初めとした人生訓の「八志」と、
戒律の「八戒」から構成されていますが、解釈の余地が広く、様々な引用形態があります。
上記の序句以外には、
「隣人を満たし、慰めよ。然して汝は満たされ、慰められる。」
「戦いを尊べ。争いを恐れるな。血の湖のほとり、腐肉の丘の上に万物は芽吹く。」
「殺すな。ただし生きよ。殺されるよりは。」
「汝の目と耳でもって邪正をかたるな。それは世界にも与り知らぬことである。」などがあります。全体的に過激!😫
(全部書くと冗長になるので、いずれ機会を見て)

この点、むしろ地方の民間宗教の方が、日常生活に密接した教義や戒律を数多く備えている傾向にし、
次回作での新興宗教経営シムの背景設定に生かしたいなと🤔

『聖会の社会的意義』

まずなによりも言語を握っているのが大きいです。
イアロトにおける言語は、大きく二つに大別されます。
一つは各種族それぞれの発声器官的に最も自然な発音ができる「種族語」、
および、それらの地域性により生まれた方言である「部族語」。
もう一つは聖会の公文書や説法で用いられる言語「エスペオル」です。
ドレファドの特性上、各地の聖会支部が幼年教育の場に使われており、
この学校は種族をまたいで開放されているため、結果、聖会言語であるエスペオルが大きく普及しました。
(そのほかにも、混合語である貿易言語やクレオール言語なども存在している)
なお、ゲーム的に読めない文章はNGなので、特に生かされない設定になります。

また、聖会支部は地図の作成・発行、為替機能などの経済面も担っています。
特にロベルの手記の舞台のおよそ150年前より聖会が発券を開始した「破れない紙幣」が普及したことにより、
実質的に各国は発券機能・通貨管理能力を聖会に潰されています。

上記により、教義を熱心に信じていなくても、聖会の影響下には常にいることになるわけです。無意識を支配👥
(このため、聖会は一部の世俗権力から蛇蝎のごとく嫌われ、常に潰す機会を狙われています)

『聖会組織』

聖会組織はとても巨大なため、部門ごとに職能が細分化されています。

◆ 倉轄聖省
聖会の財務や物資の輸送・保管を行う部署。
◆ 教学聖省
神学理論や古文書の研究、教育を担う部署。
◆ 光報聖省
聖会における外交や権威称揚、民衆向けの行事を担う部署。
◆ 造土聖省
聖会の慈善的公共事業や地図作成を担う部署。
◆ 説理聖省
地方の聖会支部や文明圏外縁に対し、支援や伝道を行う部署。
◆ 兵武聖省
聖会に属する聖職者・施設の警備を担う部署。

ロベルの手記では、この省庁が結構な役割を果たすことになるでしょう。
「造土の連中は無骨だから」とか「私は兵武上がりでね」などとセリフの中にも入ってきます。

『聖会の階級制度』

聖会内部の階級は、大きく4つに分かれています。
序列一位:「大祭幹(だいさいかん)
→ 各省庁のトップや次官級の者たちであり、世俗世界の諸侯に相当する権力を持つ。
聖会の重要事項は、この大祭幹の合議によって決定されますが、
殆どをドレファドが占めているため、保守的な性格が強く、意思決定のスピードは遅めです。
序列二位:「祭枝(さいし)」
→ 中央省庁所属、または支部統括者級の聖職者。
職務に応じてかなりの待遇・裁量権の差があり、便宜上「上級」などで区別することもある。
ロベルの手記の主人公や同僚は、基本的にこの階級に属しています。
序列三位:「葉徒(はと)」
→ 地方支部の職員。聖会の実務面を担っている真の屋台骨。
序列四位:「種士(しゅし)」
→ 一般信徒、いわゆる在家信者。
ただし、世俗の権力に応じて、名誉祭枝・葉徒の位階を与えられた者(主に貴族)もいる。

『聖会の服装規定』


種族・部族によってかなり体形が違うため、共通規格の服は用意されていません。
その代わり、聖会の紋章「光の枝」の刺繍が入ったストールを着用するのが一般的です。
色や巻き方にはあまり細かい規定はなく(これも種族差のせい)、各々が好きな色のものを使用します。
なお、このストールは「ツリエラ」という樹木の繊維からできており、燃えにくく頑丈で抗菌作用があります。
そのため、非常時には煙除けに口に巻いたり、止血帯として使うなどの実用的な面も備えています。
また、巡回僧なんかは内ポケットに外交文書や機密文書を入れて、きな臭い国を行き来したりします。

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ひとまず今回はこのへんで。
こういう社会的根幹部分は、ガッチリしてるほど、ガタついたときに話が生まれやすいんだよなぁ🌋🌋🌋
こう、破壊するための建築? 崩壊の瞬間の美?

次回は、植生や環境の話の予定です。